Item
RARE Antique Austrian Watch Silver Niello Chatelaine
18世紀〜19世紀末人気があったレディースのアクセサリーです。ほとんどポケットがない時代でしたので、ベルトかスカートに挟んで、チェーンとフックで様々な道具(ソーイングセット、時計、小物入など)をおしゃれに持ち歩けるファションアイテムでした。
こちらのシャトレーンは懐中時計/ウォッチシャトレーン写真ロケット付きです (19世紀 オーストリア製 Markowitsch & Scheid, Wien — c. 1862–1882)
本品は繊細なドット・ニエロ装飾を施した格調高い銀製懐中時計です。星のモチーフと百合の紋章を 配した透かし彫りのシャトレーンを備え、時計本体と意匠を統一した写真メダリオンが付属します。 メダリオン内部は赤い布で裏打ちされています。文字盤はローマ数字のホワイトエナメル仕上げ、手 巻き式機械式ムーブメント搭載。時計は不動品です(オーバーホールが必要だと思われます)。
制作年代 : 19世紀後半
国籍 : オーストリア
都市 : ウィーン
活動期間 : 1837〜1921年
専門 : 宝石商・銀細工師
技法 :エナメル・ニエロ細工
素材 : 銀、ヴェルメイユ、ニエロ細工
全長 :約 23.0 cm
時計直径 : 約 36.5 mm
刻印 :「MS」 + オーストリア銀製品検定印
製作工房:Markowitsch & Scheid
マルコヴィッチ&シャイドは19世紀ウィーンを代表する宝飾・銀細工工房です。1862年、銀細工師ミヒャエル・マルコヴィッチとその娘婿ゲオルク・アダム・ シャイドにより設立。ルネサンス様式を基調とした銀細工・エナメル細工・ニエロ細工で高い評価を得ました。1882年頃の解消後もシャイドはウィーンの著名 な独立工匠として活躍し続けました。作品には「MS」ロゴと「800」銀純度刻印が施されています。
ゲオルク・アダム・シャイド 沿革
1862年 マルコヴィッチとの共同工房「Markowitsch & Scheid」設立 1882年 独立し自身のジュエリー工房を開設
1911年 引退
ニエロとは:(Wikipediaより):ニエロ(niello、黒金)は、硫黄、銅、銀、それに通常鉛から成る黒色合金。定まった比率はないが、銀4 : 銅2 : 鉛1 が一般的。
彫刻(エングレービング)を施した金属への象嵌(象眼)に用いられる。また、金属からカットされた美術作品の中に詰め込むのに使うこともできる。ニエロ装飾の起源は、古代エジプト人がはじめたと信じられ、中世にヨーロッパ中に広まった。
こちらのシャトレーンは懐中時計/ウォッチシャトレーン写真ロケット付きです (19世紀 オーストリア製 Markowitsch & Scheid, Wien — c. 1862–1882)
本品は繊細なドット・ニエロ装飾を施した格調高い銀製懐中時計です。星のモチーフと百合の紋章を 配した透かし彫りのシャトレーンを備え、時計本体と意匠を統一した写真メダリオンが付属します。 メダリオン内部は赤い布で裏打ちされています。文字盤はローマ数字のホワイトエナメル仕上げ、手 巻き式機械式ムーブメント搭載。時計は不動品です(オーバーホールが必要だと思われます)。
制作年代 : 19世紀後半
国籍 : オーストリア
都市 : ウィーン
活動期間 : 1837〜1921年
専門 : 宝石商・銀細工師
技法 :エナメル・ニエロ細工
素材 : 銀、ヴェルメイユ、ニエロ細工
全長 :約 23.0 cm
時計直径 : 約 36.5 mm
刻印 :「MS」 + オーストリア銀製品検定印
製作工房:Markowitsch & Scheid
マルコヴィッチ&シャイドは19世紀ウィーンを代表する宝飾・銀細工工房です。1862年、銀細工師ミヒャエル・マルコヴィッチとその娘婿ゲオルク・アダム・ シャイドにより設立。ルネサンス様式を基調とした銀細工・エナメル細工・ニエロ細工で高い評価を得ました。1882年頃の解消後もシャイドはウィーンの著名 な独立工匠として活躍し続けました。作品には「MS」ロゴと「800」銀純度刻印が施されています。
ゲオルク・アダム・シャイド 沿革
1862年 マルコヴィッチとの共同工房「Markowitsch & Scheid」設立 1882年 独立し自身のジュエリー工房を開設
1911年 引退
ニエロとは:(Wikipediaより):ニエロ(niello、黒金)は、硫黄、銅、銀、それに通常鉛から成る黒色合金。定まった比率はないが、銀4 : 銅2 : 鉛1 が一般的。
彫刻(エングレービング)を施した金属への象嵌(象眼)に用いられる。また、金属からカットされた美術作品の中に詰め込むのに使うこともできる。ニエロ装飾の起源は、古代エジプト人がはじめたと信じられ、中世にヨーロッパ中に広まった。















